教育ママめざして
私はかねてより教育ママになりたいと考えている。
とはいっても「スネちゃま、そんなことしちゃダメざますよ~」みたいなママではなく、子供が必要とする教育をきちんと受けさせることのできるママだ。
というわけでこと子供の教育費というのは私にとって節約対象ではない。
とはいえ、限りある教育資金、いかに上手く、そして効率よくつかうかというのは「教育ママ」にとって非常に重要な課題といえる。
ワタクシごとで恐縮ではあるが、事例を引けるのが自分のことしかないのでまずそんな話を。
性格、生活態度には多々問題を残す私ではあるが、こと学校の勉強においては苦労らしきものをしたことがない。
小学校から高校までは地元の公立高校、その後現役で早稲田大学第一文学部というところに入学、一応4年で卒業したのだが・・中学受験はしていないし、高校受験に備えての学習塾にも通った経験もない。
学習塾に通ったのは高校生のときの夏期講習と3年生2学期からの数ヶ月だけ。
高校はあまり行かなかったので(←この辺の生活態度が大問題)出席日数が足りず、卒業するのは結構大変だったのだけれど、大学入試も「受験地獄」というほどではなかった。
で、なぜ学校の勉強ができたかというと、つまりは「基礎学力があった」のだと思っている。
以前にも少し書いたけれど、私はとにかく本を読む子供だったのだ。
ウチの母親は私に本を与えるのが好きな人で、会社や地域の図書館で適当に本を選んでは私に読ませてくれていた。ジャンル問わず、機関車ヤエモンからエクソシストまでさまざまな本を持ってくる母。多分まじめに選んじゃいないと思われる。
母に本を読んでもらった記憶はあまりないが、私が本を読み聞かせるのを無常に喜んでくれていたため、眠りに入る前の小一時間、母の横で音読する(お話を聞かせる)のが幼い頃の私の日課だった。(「本当に本を読むのが上手ねー」、と臆面もなくほめてくれる母の罠にまんまと嵌っていただけなのだが・・)
かたや父といえば、にかく私に字を「書かせる」のが好きな人だった。一日ひとつふたつ新しい漢字を私に教えては広告の裏紙などに覚えるまで何度も「その日の漢字」を書かされたものだ。今日は雨冠の漢字、翌日はサンズイの漢字、というように・・。
姉や兄よりも沢山の漢字が書けるということに喜びを感じて私も沢山の字を覚えていった。
かくして出来上がったのは結構難しい漢字もよめる本読みの上手な子供・・当然のごとく本好きに育ち、副次的産物として学力としての「読解力」が付いたといえる。(しかも小学校低学年から中学生にかけて身に着けた「読解力」は大学受験まで使えたのだ。)
小さい子供に本を読ませることは「効く」のだ。
これは理屈ではなく実体験として感じている。
大学生の頃は散々家庭教師や塾講師をやったが、高校生で英語が壊滅的に出来ない子はまず間違いなく国語もできなかった。国語が出来ない子に問題文を音読させると絶対にスムーズに読むことができない。
音読させて文章をスムーズに読める子供というのは大抵文章の意味内容が把握できている。
そして逆もまた真なり、だ。
まだ子供が小さい家庭なら是非本を読むべきだと思う。
情緒ユタカにー、というのもあるが、ゆくゆく学校の勉強のときに必ず役に立つ。
文字が読めるような年頃になればできるだけ音読させるのがいい。
上手に音読できること、それをほめられることは子供にとって大きな自信になると思う。少なくとも私にはそうであった。
そんな話が具体例を引きながら教育現場の専門家の目で書かれた本が 岸本 裕史 (著) 見える学力、見えない学力だ。「買う本、借りる本」でも書いたが、低学年までの学力を考えるなら必読の本といえる。有名な本なのでご存知の方も多いかとは思うが、手にとったことのない方はだまされたと思ってご一読願いたい。
近所のお友達に勧めたところ「どうしてうちの親は私を育てる時にこの本を読んでおかなかったのだろう」という絶妙な感想を述べてくれた。
学校の勉強がすべてとはいわないし、勉強ができるから幸せになれるとも限らない。学歴社会や学力偏重の学校制度は確かに多くのひずみをもっているが、現実的な話でゆけば親としては「学力」を軽視することは決してできない。
子供が大きくなって大金はたいて学習塾に通わせる前に、今読むこの一冊が子供の学力を格段に向上させるきっかけになるかもしれないですよ・・
教育ママ志望の私は時にはマジメに考えてみたりしている。
(お断り)この文章は04年5月に別のブログで書いたものですが、育児・教育に関することなのでそのままこちらのブログに転載しました。
Posted by jizou at 2005年07月17日 10:29
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